”今日、国会で”臓器移植法改正案”が審議され、採択されます”
今日の日記、少し・・・いや、かなり長くなります。
でも、出来ることならスルーせずに、最後まで読んで頂きたく
よろしくお願いします。
名古屋から帰って以来、この問題をどう、ブログでお話させて頂くべきか
またどのようにお話させて頂くか・・・が定まらず
今日まできてしまいました。
これは、私、naomi*個人のお話ですから。
実は、私の大切な人達に、ドナーとして臓器提供をしをした人
その家族、またレシピエントとしてギフトを受け取った人がいます。
みんな大切な大切な人達です。
私にとっては、いや・・・誰にとっても大切な人達です。
いまでも変わらず輝く”命の繋がり”を教えてくださる人達です。
先日東京で行われた、『生命・きずなの日』記念祭
”NPO日本移植者協議会主催”で同じく名古屋で行われた
慰霊祭に参加させて頂きました。
その名古屋のお寺には、名前も明記させていない
小さな記念樹が あります。
それはとっても目立たない、隅にあるまだまだ小さな小さな記念樹。
しっかり明記すると、いたずらされてしまうのかも知れません。
東京の記念祭、参加者は決して多くありません。
ハワイのドナーファミリーと、ハワイ大学
の皆さんから頂いた、小さな手作りの”てるてる坊主”を頂き
それを握りしめながら、”あなたを忘れないフラワーセレモニー”
を行いました。
その中には勿論、12歳以下のお子さんの写真もありました。
讃えられるのはドナー、ドナーファミリーなのに。
もっともっと認められて、尊敬されるべきなのに。
尊い命を繋いでくださった人達。
なのに、後ろ指を指す人達も沢山いる。
ずっと悩みを抱え続けているファミリーの人達も
いっぱいいらっしゃる。
レシピエント(頂いた側)のその後の人生も、バラ色ではない。
命を繋がりを感じるということは、もう一人の死を受け入れた自分が
いるという事。
常に感謝をしながら生きる人生が始まります。
また、病気の闘いが終わったわけではないのです。
人生が180℃変わります。
彼らは、全てと”共に歩く人生”が始まるのです。
いつだって、この話題になると涙がでる。
もっとも冷静にならなくてはいけない事なのに、冷静では
いられない。
冷静に判断出来ないのが、日本人、自分のアイデンティティー
なのでしょう。
世の中には、沢山の不公平と不平等が蔓延しているから。
命の定義は勿論、法律で決める事ではありません。
ここで、政治の話、臓器移植、命の定義、個人の考えを
云々したくありません。
どうかそれだけはご理解を。
でも今日、法案が否決、廃案されてると・・・
助かるかもしれない、子供達が亡くなります。
海外渡航は事実上出来ない、その道をたたれます。
先日の移植勉強会、自民党400人のうち
来たのは40人 、最後まで残ったのは10人。
20代の自殺者が100人を超えたというのに
アニメの館をつくる というふざけたものに、お金を平気で使う国。
それが今の”日本”という国。
私は、10年以上前からドナーカードを持っています。
私は、自分の責任の上でドナーカードを所持し、それを
家族もそれを充分理解し、賛成了承してくれています。
周囲にもお話をさせて頂いています。
今後、その意志が変わる事はありません。
私の身、器が・・・命の鼓動が止まった後に、誰かの役に立って
命の木が育つのならと、そう”純粋”に願うばかり。
命を考える時、宗教も思想もお金も何もない。
私だけの生き方、自分というものが、はっきり見えるだけです。
臓器移植に、イエスでもノーでも、今一度考えて!!
どうぞ皆様、”死”について”命”について考えてみてください。
今の日本人はそういう事が苦手になってしまったのか?
そこから目をそらさずに、いま一度、思ってみてください。
長文、読んで頂きありがとうございました♪

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